古本屋入門

古本屋になりたい人のための入門書を書かないか、と某出版社の人に言われて、書き始めたのだが、なかなか筆が進まない。普段あたりまえにしていることを、いざ自覚的に反省して人に説明しようとすると、むずかしいものだ。
古本屋は、あまり自分たちの商売を秘密にせずに、内実を公開してしまった方がいいのじゃないかと、僕は思っている。しかし、この仕事に関わって20年ぐらいになるので、ひとつひとつ仕事を覚えていった頃の感動を忘れてしまって、当時身につけた技術のひとつひとつが無意識のようになってしまって、うまく説明できないのだ。書いては消し書いては消しの連続である。
まだ、全体の2割程度しか書き終わらないが、少し公開してみよう。


・本屋の買値は安くなっている
昔は「古書高価買い入れ」の看板を出している店がたくさんあった。今はあまりない。
だいたい売値の一~三割で買う店が多い。五割程度で買うのでなければ、高価とは言えない。昔からやっている業者は、高価買い入れをしていますと、胸を張って言える気分ではないのだろう。
某古書店で十万円の値が付いている品物を、買ってくれといわれたことがある。でもその書店は極美品だけを扱う専門店(つまり最も高く売る店)で、しかも値段が付けてあるだけで、売れたわけではないのだ。処分の品の方は並品なので、当店の売価は五万円程度と見積もって、その二割の一万円でどうですかと言ったら、呆れられてしった。
買値が下がっても古本屋が暴利をむさぼっているわけではない。かえって利益は減っていると思う。(定価に対しての)本自体の価値が下がったので、しかたがないのだ。
昔と違って、本があまり気味なので価値が下がっているのだ。一九七〇年代後半以降、新刊の販売のしかたが短期的に大量に売るように変わったので、ベストセラーものは、半年から一年が過ぎて、話題性がなくなるとみんなが処分したいものになり、ほしがる人はもういない。
新刊が次々に出すぎて、少し前の本を正しく評価して、残して行くことができないのである。
売り上げの、三割が原価、二割が人件費、二割五分が家賃、一割が諸経費で、一割五分が利益。これは、雑な例だが、雑本を扱う店は、だいたいそんな計算になっていると思う。
つまり、本の買値は売上の三割程度、あるいは仕入にその他のコストがかかっている場合はそれ以下だということだ。
もちろん、例であって、そうでない本屋さんもいる。市場での仕入を中心にしている店は、もっと仕入が大きいだろう。しかし、お客さんの持ち込みを売値の五割で買います、というのは確実に売れるもの以外は断るのでない限り、まずむずかしい。
売り上げに対する仕入れ価格が同じでも、売れ残りを多く作れば、一冊当たりは安く買うことになる。しかし、細かいことを言わず、全部かたづけて欲しいというお客様もある。
・本を売る人の目的
本を売る人の目的はお金が第一とはかぎらない。それよりも、本を処分して居住スペースを広げたい、本がもったいないので再利用してほしい、自分で捨てるのはいやだ、といった理由で古本屋を呼ぶ人も珍しくない。
値段は安くてもいいから、本を有効に利用してくださいといわれたことも再三だ。本のプロとして、本のために尽くしたいという思いは本屋に共通ものものだ。古本屋が持つ「大量の本を素早く処理する技術」を生かして、お客様の様々なニーズにお応えしよう。本を再流通させること自体で、お支払いするお金以上に喜んでいただけることもある。
確かに、古書を次の世代に残すのは古本屋の重要な仕事である。しかし、それは古本屋の社会的な意義として、一般的に言えることであって、目の前のお客さんに対しては少しでも高く買うことが、第一義的に重要である。そのことは忘れてはならない。
・買値はみんな秘密にしている。
では、どうやって、買値を決めたらいいのか。これは、各古書店で、独自の考え方がある。本をいくらで買い取るのかは、古書店の秘密中の秘密であって、なかなか同業者であっても、他の店の内幕を知ることはできない。仕入れた本にいくら値段を付ければいいか教えてくれる人でも、仕入れる前に買値を相談するのは微妙だ。教わったら、その品物を回すのが常識だとう話もある。
売値との差が大きい分だけ、買値はアバウトなものだ。一~二割程度査定の違いは誤差のうちである。かねてからつきあいのあるお客さんと一見さんとでは、違った値段を出すのが常識といってもいい。他の店の買値がわかれば、それより少し高く買いますよ、と言うことは簡単だ。
ウチはいくらで買うよと言えないのは、堂々と言えるほど高くないから、でもある。買値を教えない理由はそればかりでもないだろうけれど、仕入値が売値の三割に満たないのは、古本屋が置かれている経済の事実がそうさせるのだから、隠さずに説明した方がいい。商品の原価としてみた場合、二三割であっても、それほど非常識に安いわけではない。
・本はいくらで買えばよいのか。
では、実際には本はいくらで買えばよいのか。
一般客から買い取りする場合は、再販売するお店側が価格を決める(その値段で売るかどうかはお客さんが決める)ので、販売価格を先に決めなければいけない。そこから逆算して、買値を決める。売値というのは、店頭価格の場合もあるし、市場に出す場合もある。
・コストから考える。
売価が安い本は、作業コストの割合が高くなるので、原価を下げる必要がある。販売まで時間や手間がかかるものも同様だ。逆に、すぐ売れるものは高く買う。一~三割というのは平均額である。何でも同じに買うわけではない。
したがって、すぐ売れるものに限って買い取り、他は断るようにすれば、常に売値の五割で買うこともできる。何でも引き受けるようにすると、平均して非常に安く買い取るような印象になる。有力古書店では、それを嫌って、扱い品目を広げないようにしているところが多い。
売上高に占める販売管理費の割合を「売上高販売管理費比率」とうが、日本のスーパーマーケットなどではだいたい売り上げの3分の1ぐらいが販売管理費となっている。(注)古本屋の場合は、店主の取り分を人件費としてとらえた場合、半分から三分の二ぐらいではないかと思う。
多くの店で、売り上げの二割~三割を家賃などの、売り場を確保するためのコストとして支払っている。消耗品や光熱費、宣伝費など諸経費も、売り上げの一~二割程度は必要なので、仕入値が三割とすれば、二~四割が利益+人件費ということになる。
大きい店になるほど、人件費がかさむので、利益(≒事業主の取り分)と人件費の割合は、事業規模によって変わる。
売上高から売上原価を引いたものを売上高で割った商を粗利益率という。つまり販売マージンのことだ。一般小売店の場合、スーパーのイオンで27%、ユニクロ48%がマージンだ。(2005年度連結決算書より)。意外に多いという印象ではないだろうか。
一般小売店は、問屋(卸売り)から売れ筋と思われるものだけを選んで仕入れている。売れ残りは返品できることもある。しかも、売れるとなったら同じものを大量に仕入れるのだ。それでいて、三割から五割の粗利益。それでも大して儲かっていないらしい。小売店は経費や人件費(販管費)が大きいのだ。
古本屋の粗利益は六~八割のところが多いと思う。これが、多いかどうかは微妙である。古物商では、仕入も商売、販売も商売である。普通は製造と流通・販売は別会社にする。それぞれ三割程度利益を出すとすれば、古本屋と大して変わらない。それば商品の製造原価というものなのだ。
・市場の機能から考える。
市場には、業者が本を持ち寄って、業者が買って行く。したがって、持ち込む人は、市場の値段より安く仕入れなければならない。反対に、買って行く人は、市場の値段より高く売らなければならない。したがって、市場の値段は、買値と売値の中間になる。
市場には競争があるので、仕入れたものが、一ヶ月以内に五倍十倍になるということはあまりないと思う。普通は実際の売り上げの半分以上で取引される。出品者も、五割程度の粗利益を出したいとすれば、最終価格の四分の一程度が買取価格だと考えられる。
一000円で売られるものは、市場では五00円ないし六00円、お客様からの買値は二00円ないし三00円。という計算になる。
ただし、この計算はあくまで想像だ。業界にはちゃんとした統計はない。自分が出品したものは他の人が買って行くので、実際にいくらの売り上げに成ったのかは知るよしもないのだが、付け根と売れ残り率はほぼ見当が付くので、大きく間違ってはいないと思う。
お客さんから買い取って、市場に出す人は、あらかじめいくらで落札されるか、予想しなければならない。相場を知っておくのは、むしろ、出品者にとって重要なことなのだ。
・よみた屋の場合。
いろいろ想像をまじえて書いてしまったので、具体例として当店の買値の決め方を披露してしまおう。
まず、自分の店で売れるものと、市場に出すものを分ける。
店に出すものは売値を先に考えて、その割合で買う。
確実にすぐに売れるものは、売価の5割程度。
その他は二~三割になる。単価の低いものは、割合も安く買う。百円で売る単行本は十円から二十円ぐらいしか評価しない。
ただし、重複しているものなどはこの限りではない。売値としては五百円が適正なのだが、一冊売る間に二冊仕入れてしまう本がある。この場合は買値は二冊で一冊分にしなければならない。そして、一冊は処分する。(あるいは一冊はお断りして、お客様に処分していただく)。
ほとんど売れそうにないものは、全体でいくらというように値付けする。よみた屋ではお客様自身に処分していただくのはなるべく避けたいと思っている。だから、売れそうにないものでもなるべく引き受けるようにしているのだ。
市場に出すものは、市場の落札価格を想定しその半額で買い取る。市場の値段は変動するので、半額程度にしておかないと損をすることがある。
運送やクリーニングなどに大幅なコストがかかりそうな場合は、その分を買値から差し引く。
実際にはもう少し、細かいことまで考えて買値を決めているのだが、大まかには、こんな風に買値を計算している。