第2回 古本屋になるには一日講座

・前置き
3年ほど前に、私たちも今回と同じようなイベントに企画をいたしまして、何人かの古書組合に入っていない書店主さんや古書店主さんをお招きして、座談会をしていただいたことがありました。皆さん、書店経営に新しいアイデアを持ち込んで、非常に話題になっていた若い方々です。ひととおりお話が終わって、会場からの質問を受け付けたのですが、ご来場のお客様の一人が、
「古本屋を始めるにあたって、既存の古書店から学ばれたことはなんですか」
というような質問をされました。
その、若い女性古書店主は、一言
「何もありません」


と答えました。さすがにぶっきらぼうと思ったのか、
「本に対する知識には敬服する部分もあるが、接客態度や販売方法に関しては、昔ながらの古本屋さんからは、何も学びませんでした」
と多少フォローしていらっしゃいましたが、言ってることは同じですね。
この日本の古本屋の総本山とも言うべき「東京古書会館」でですよ。身も蓋もないことを言うものだな、と思いました。招いた側の立場も考えてくれ、と。
けれど翻って、自分のことを考えてみますと、あれは1992年のことですから、もう十数年も前のことですが、まだ二十代だった私もほぼ同じように考えていました。従来の古書店とは全く違う事をはじめるように、感じていたのです。ライバル視したのは、その街に何軒かあった年配の古書店主たちではなくて、むしろ新築のビルに美しく収まった新刊書店だったのです。
今ではすっかり古本屋のうるさい親父さんです。もちろん、経験を積むにつれ業界の慣習にも理由があることだとわかってきたという面もありますが、この十年ほどのうちに、古本屋のありようも我々が描いてきた方向に多少は引き寄せられてきたのではないかと、思っております。私よりも若くてセンスのある人たちも多数参入してきて、皆さんが抱く古本屋のイメージもずいぶん変わったのではないでしょうか。眼鏡を掛けた老人が店の奥に座っていて、客が入ってくると読んでいた本から顔を上げてじろっと睨む、というような想像をされている方はここにはいらっしゃらないと思います。
・古本屋には「独自性」が必要
今日お集まりの皆さんには、我々既存の業界人の話は話として聞いていただいて、しかしご自分では全く独自の方法で営業を始めるつもりでいていただきたい。古本屋の世界は、職人の技が伝承されるような商売ではなくなっております。餅屋の弟子になれば餅屋になれるというようなわけには参りません。本屋にもいささかの技術はありますよ。本を縛って積み上げておく方法とか、他の本を見ながら、手だけで落丁を調べる技術とか、大量の本を傷めずに素早く運ぶ技術とか。「落丁」ってわかりますか。本の頁が抜け落ちていることです。今の本にはほとんどありません。落丁繰りは古い本を扱う人と、切り抜きが心配な雑誌などを扱う人には重要な技術です。
市場に参加すれば、相場もすぐ覚えられる。しかし、相場を知っていることとそれが商売になることとは別です。
・古本屋は物販業です。
物販=品物を仕入れて、販売する
古本屋も物販の一般的な有り様にしたがう。
商品には、最寄り品・買い回り品・専門品の区別がある。
最寄り品としての本は、チェーン店型の古書店にの独擅場になった。
仕入れ=本の買取に関しては最寄り商店として利用してもらえる可能性がある。
・多くの商売では販売が最重要だが、古書店の場合は、仕入れが最も重要でむずかしい。
・・本の3つの仕入れルート
市場
同業者
一般客からの買取
・・・市場の特徴
プロ同士の駆け引き。
市場では、ひとくくりにされた本が多い。数十冊から時には数百冊。
高く入札すれば、とにかく仕入れることができる。
大量の本を一気に仕入れることができる。
特定分野の本を集中的に仕入れることができる。
専門分野を持つためには、市場をぜひとも活用したい。
市場の機能=専門性の確保
他の人より、高く入札しなければ買えないので、最高値で仕入れることになる。
売れ残りをつかまされることもある。
市場に参加すれば、相場を知ることはできる。
けれども、相場どおりでは商売にならない。
相場とは「他人の値段」である。その品物を買ったAさんならAさんの値段が、こうだということ。それぞれの業者が、顧客からの注文など、独自の根拠で値段を決めている。同じ値段で買っても同じに売れるとは限らない。値段だけまねしても、仕方ありません。
同じにやったのでは、既存の業者に勝てない。
・・・同業者 セドリ 目録からの注文
いつでもできるし、いらない本を買ってしまうことは少ない。
すでに商品として販売されているものなので、補修やクリーニングに手間がかからない。
買値は相手任せなので、いつでも仕入れできるとは限らない。
大量に仕入れることはむずかしい。
品物を探したり、何軒も店を回るのに時間がかかる。
市場と同業者間の直接取引(BtoB)が古書店の販売額の半分を占めるという話もある。
・・・一般客からの仕入れ。
一般客から仕入れる場合には、お店に持ち込んでもらう(店買い)のと、お客様のお宅まで出張して集荷する場合(宅買い)とがある。
店買いの特徴。
お店にあったものを持ってきていただける。お客様はお店の品揃えを見て、買い取りそうなものを持ってきてくれる場合が多いので、お店にの品揃えとマッチした本を持ち込んでもらえる可能性が高い。
(そのためにも、当店ではこういう商品を扱っています、という「看板商品」が必要になる。)
同じ人が何度も来てくれるので、人間関係を築きやすい。
お店側は店内にいるだけでよいので、宅買いや市場に通う場合と違い、交通費・運送費や時間などのコストがかからない。
反面、品揃えのバリエーションとして新鮮でないかもしれない。
在庫品と同一の本など、実際にはあまり買いたくない本でも、断りにくいし、買値と売値が一目瞭然なので、安くは買いにくい。(実際には売れないけれど、付け値は高い本もある)
お客様の多くが、近所の人やよく買いにも来てくれる人だ、という意味でも、安くは買えない。
店主が店にいなければならない。留守にできない。
いらない本でも断りにくい。
商談室が必要な場合もある。
一般の人が持ち込める量は限りがあるので、大量仕入れするには多数の人に持ち込んでもらわなければならない。
宅買いの特徴。
一度にたくさんの本を買い取ることができる。
ふだん扱わないような本を買い取ることで、刺激になる。
ゆっくり、落ち着いて説明できる。(商談室がない場合)
店でずっと待っていなくても、お互いの都合を合わせて買い取りできる。
得意でない分野の本を買い取らなければならない場合がある。
出張のコストがかかる。
いらない本を大量に買い取ってしまうかもしれない。
・・本はいくらで買えばよいのか。
一番気になるところ。表示されていることはあまりないので、情報が少ない。
一般的には売値の1~3割で買う店が多いと言われている。(いろんな人の話を総合すると)
もっと高く買うこともある。その場合は、確実に売れるものだけを扱う。売れ残りがある場合は高くは買えない。
一般客から買い取りする場合は、再販売するお店側が価格を決めるので、販売価格を先に決めなければいけない。そこから逆算して、買値を決める。売値というのは、店頭価格の場合もあるし、市場に出す場合もある。
・・・コストから考える。
売価が安い本は、作業コストの割合が高くなるので、原価を下げる必要がある。販売まで時間や手間がかかるものも同様。逆に、すぐ売れるものは高く買う。1~3割というのは平均額。何でも同じに買うわけではない。
売上高に占める販売管理費の割合を「売上高販売管理費比率」といいますが、日本のスーパーマーケットなどではだいたい売り上げの3分の1ぐらいが販売管理費です。古本屋の場合は、店主の取り分を人件費としてとらえた場合、半分から3分の2ぐらいではないかと思います。
多くの店で、売り上げの2割~3割を家賃などの、売り場を確保するためのコストとして支払っている。消耗品や光熱費、宣伝費など諸経費も、売り上げの1~2割程度は必要なので、仕入値が3割とすれば、2~4割が利益+人件費ということ。
粗利益率、一般小売店の場合、スーパーのイオンで27%、ユニクロ48%。
古本屋は6~8割の店が多いと思う。
・・・市場の機能から考える。
市場には、業者が本を持ち寄って、業者が買って行く。したがって、持ち込む人は、市場の値段より安く仕入れなければならない。反対に、買って行く人は、市場の値段より高く売らなければならない。したがって、市場の値段は、買値と売値の中間になる。
市場には競争があるので、仕入れたものが、1ヶ月以内に5倍・10倍になるということはあまりないと思う。普通は実際の売り上げの半分以上で取引される。出品者も、5割程度の粗利益を出したいとすれば、最終価格の4分の1程度が買取価格だと考えられる。
1000円で売られるものは、市場では500円ないし600円、お客様からの買値は200円ないし300円。という計算。
これはあくまで想像。
実際には、自分が出品したものは他の人が買って行くので、実際にいくらの売り上げに成ったのかは知るよしもないのだけれど。
相場を知っておくのは、むしろ、出品者にとって重要。
・・本の金は安い。
どちらにしても、あまり高い値段ではありません。
某古書店で10万円の値が付いている品物を、買ってくれといわれました。でもその品物は極美品で、しかも値段が付けてあるだけで、売れたわけではないのです。処分の品の方は並品ですので、当店の売価は5万円程度と見積もって、その2割の1万円でどうですかと言ったら、呆れられてしまいました。
本を売る人の理由は様々で、必ずしもお金最優先ではありません。
売り上げに対する仕入れ価格が同じでも、売れ残りを多く作れば、一冊当たりは安く買うことになる。しかし、細かいことを言わず、全部かたづけて欲しいというお客様もある。
物体としての本だけではなく、お客様の本に対する「思い」も一緒に買ってさし上げたい。
スペースを空けたい、本を有意義に役立てたい、引っ越しの邪魔だ。など、いろいろありますので、古本屋が持つ「大量の本を素早く処理する技術」を生かして、お客様の様々なニーズにお応えしましょう。
本を再流通させること自体で、お支払いするお金以上に喜んでいただけることもあります。
・次に、販売の話をしますが、その前に、
・本の分量について
うちの店よみた屋の場合、最近の平均単価は500前後です。
雑本、雑書といわれるようなものを扱うとすれば、たいていは1000円未満になると思います。
平均500円の本を5万円分売るためには100冊売らなければならない。
(一日に1万円の日当が必要なら、5万円程度は売る必要がある。最低線です。)
一ヶ月に25日間営業するとして、月2500冊。重さにして1トンを越えます。
年間なら、3万冊。『日本書籍総目録』の収録数が 約65万点ですから、かなりの分量です。
180×90センチメートルの本棚に300~500冊の本が入る。仕入れた本全部が売れるわけではないから、この本棚の本を、毎月10個分入れ替えるわけです。
本屋が体力勝負だと言うことがわかっていただけると思います。
店頭販売はこんな感じですが、目録やネットでは平均単価が数千円ということになるかもしれません。
・販売
販売は必要性に応える事ではありません。必要なものを提供するのは販売ではなく、配給です。商店における販売活動とは、欲しいと思ってもらうこと、です。極論すれば、いらないものを売ること、です。
まだ知らない商品、魅力を感じたことのない商品、自分には関係ないと思っていた商品に欲望を感じてもらって、そして提供する。きのうまで欲しくなかったもの、必要性を感じなかったものを、欲しいもの、必要なものに変えるのです。それが商人の魂、商魂です。
では、どうやって欲しいと思ってもらうか、というのが販売のテーマになります。
実は、人間は誰でも、何か欲しいという気持ちはある。最近の事ではなく、根源的。
欲望を刺激されたがって、商店に来る。だから、商品そのものが最も魅力的な欲望喚起力を持つ。
・・店舗における販売の方法は「接客販売(対面販売)」と「陳列販売(セルフサービス販売)」の2つに大別できる。
書店は戦後の早い時期から陳列販売の方法をとってきた。
書店→スーパー・マーケット 究極形態としてコンビニやブックオフ
アパレルは接客販売が主流だった。ユニクロは陳列販売。
書店の主流は陳列販売。
セルフで販売するためには「回遊型の店舗」を作る必要がある。
そのためにはある程度の面積が必要。
レストランと違い、物販ではアイテム数が重要。特に本屋では面積が本質的。
最近では、店主とのコミュニケーションがある店が復活。しかし、やはり回遊型の店舗であることが基本で、「逃げられる」店である必要がある。
・・古書店の現状に関する分析。お配りした紙を参照。
店売りの繁盛の法則をしゃべれと言われた。
そんなのがあるなら、私の方が教えてもらいたい。売り上げは低下しつつある。
しかし、本当に繁盛している店は、その秘密を教えないだろう。
そこで、すこし市場調査をしてみた。
時間がなかったので、十分な調査はできなかったが、幸い2年前に取材してレポートした素材があった。このときは持ち上げた個性派の古書店の問題点もだんだん明らかになってきた。
70年代、大量出版時代に乗り遅れつつある古本屋。
80年代、既存古書店に対するアンチテーゼとしての新古書店。
90年代、チェーン古書店による既存書店の駆逐。
2000年代、個性派古書店とネット書店
チェーン古書店は「一般書の専門店」へ
個性派書店のニッチ 一般書でないもの 書店自体がメディアであるような店づくり
(新刊書店では大型書店において起こったことが、古書店では個性派書店という形で、実現した)。
・・個性派書店の問題点。
・・・物量面。単価面。
個性派書店は自分のよく知っている本だけを扱う。(仕入面でも、販売面でも)
大量の本をさばくことがむずかしい。
ならば単価を上げたい。
一定以上の価格に説得力を持たせるためには、社会的な承認が必要。他でも同じぐらいで売っているとか、類似の商品と組織化されているとか。
個性派書店では、お店の外に根拠を持つことはむずかしい。
古書店ではメーカーや卸がないので、サポートを受けられない。
既存書店ではアカデミズムが、その役割を果たした。
・・・趣味生の面。
店主個人の趣味生が強いので、(メーンカルチャーによって客観的に支えられていない)、店主以外の人ができることが少ない。特に、自営業としてみた場合、家族経営がむずかしい。世代の違いなどが、響く。「家庭」が持っている凡庸さや通俗性、あるいは生活臭のようなものとなじみにくい。自営業として成立しにくい。
店主のセンスが古くさくなったときに、シェフを雇うことができるか。
・・結局、売れている店はどんな店か。
値段が安い、品物豊富、ネット販売をしない。
いつ行っても新しい品物がある。売れ残りをいつまでも置いていない。
・古本屋に未来はあるか。
本格的な専門店をのぞけば、趣味的な個性派書店とネット書店に二極化しそう。
ネットは欲しいと思ってもらう仕組みに弱い。特に検索は欲しいものがある人の役にしか立たない。誰かが欲しいと思わせていることに便乗する商法。やはり最も強力なのは商品そのものの迫力。
わたしの話はここまで。
古本屋の未来は、みなさんに託したいと思う。