新書を読むシリーズ『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』 八代喜美 平凡社新書
新書を読むシリーズ『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』 八代喜美 平凡社新書
新聞でたびたび報道されていたが、iPS細胞が再生医療にかかわる発見だというおぼろげなことしか理解していなかった。ES細胞とはどう違うのか、保存すると白血病の治療に使えるという「臍帯血」はどんなものか、というような疑問を解こうとして、本書に手を伸ばした。
われわれの体は細胞からできている。細胞は細胞分裂をして増えることができるが、普通は自分自身のコピーしか作らない。肺の細胞は肺になるし、腸の細胞は腸になる。しかし、幹細胞と呼ばれる細胞は、自分とは違う細胞をつくることができる。たとえば肝幹細胞は自分自身と肝細胞を作り出す。幹細胞には複数の細胞をつくる能力を持ったものもあり、たとえば造血幹細胞は、各種の血液細胞を作り出す。(枝のように各種の細胞をつくるので「幹」細胞という)。
しかし、どんな細胞にも分化できるのは胚の初期にしかない。成長した個体の細胞は幹細胞であっても、限られた形態や機能の細胞にしかなれない。また、神経細胞や心臓の細胞のように、成長のある段階を過ぎるともう全く増えないものもある。
したがって、臓器などが激しく損傷を受けると、その部分は失われてしまって、二度と再生しない。
そこで、なんにでも分化できる「万能細胞」を作り出そうという研究が世界中で盛んに行われた。
ES細胞というのは「胚性幹細胞」のことで、胚のごく初期の細胞は体中のどんな細胞にでも分化できるので、この性質を利用して、成体の体細胞をもう一度万能細胞に戻してやろう、というものだ。ES細胞は受精卵が細胞分裂を始めて有名な桑実胚の段階のすぐあと「胚盤胞」と呼ばれる時期の胚を壊して作られるものだ。この時期の胚は胎盤や羊膜になる栄養外胚葉と胎児になる内部細胞隗からできているが、この内部細胞隗を取り出して培養したものがES細胞である。ES細胞を使えば、さまざまな臓器や組織を作り出して移植などに使うことができる可能性がある。
しかし、ES細胞には致命的な欠陥がふたつある。それは、人間の胚を壊さなければいけないという倫理的な問題と、もう一つは、たとえES細胞からつくられたものでも第三者の胚によるものであれば拒絶反応を免れないということである。
第二の問題については、卵細胞に体細胞の核を移植するクローン技術でつくられたクローン胚からES細胞をつくることで、ある程度克服できる。しかし、第一の問題はどうにもならない。しかも、クローン胚から成長した個体は正常でない場合が多いし、細胞分裂の回数にも制限があって長生きできない可能性がある。
そこで、iPS細胞である。
ES細胞は体をつくるあらゆる細胞に分化できる「多分化能」(胎盤や羊膜にはなれないので「万能」より一つ落ちる)を有するが、こういう未分化な状態を維持しながら増殖するという独自の性質は、ES細胞だけが持っているタンパク質の働きによる。このタンパク質をつくる遺伝子を体細胞に導入できれば、大人の個体の細胞からでも「人工多能性幹細胞」=iPS細胞をつくることができる。
こう考えた山中伸弥教授らはわずか4つの遺伝子(山中ファクター)を導入することでマウスiPS細胞をつくることに成功、さらに2007年11月にはヒトiPS細胞をつくることに成功した。
そして、いま我われは再生医療の端緒についているのである。
というのが本書の概要。5章までがES細胞を中心とするiPS細胞前史、6章がiPS細胞発見のルポルタージュ、6章7章が再生医療の話、という体裁である。
私が疑問に思っていた臍帯血の話は全く出てこなかったが、臍帯血には造血幹細胞を初めとしてさまざまな幹細胞が含まれているらしい。