肘折温泉

今回は僕の腰痛を治すための「湯治」という位置づけだから、運転はKの役目だ。肘折温泉までの道は30キロの一本道だが、国道ながら舗装されていないところが半分程度という悪路だ。冬から初夏にかけての半年間は閉鎖されている。
天気は荒れ気味で、日が照ったかと思うとバケツをひっくり返したような雨が降り、次の数分でふたたび日が差すが雨はやんでいない、というようなめまぐるしさだ。道は折り重なって、靴の紐を通すような動きをしながら、少しずつ山を登り、峠をを越えて少し行ったところで、急に温泉街が開ける。
細い道に面して三階建ての大きな建物が並ぶ。いくつかの宿には「日本秘湯を守る会」のちょうちんが下がる。朝市が有名で、中山義秀の小説のモデルはここなのではないかと思うが、確証はない。
数年前には「丸屋旅館」の風呂を借りたのだが、今年は共同浴場「上の湯」にまず入る。200円。湯の中に地蔵菩薩があり、かつて菩薩が肘を折ったときにここの湯で治したという由来が書かれている。
すこし浸かるだけで、汗が噴出し、頭の芯から脚のかかとまで熱気が回る。よく暖まる湯だ。
拭いても拭いても切がないので、そのままにシャツを着て、表へ出た。隣のお土産屋で、飲み物を買いながら昼飯の相談をする。薦められるままに蕎麦屋へ行って板そばとてんぷらを食う。腹ごなしの散歩がてらに、温泉街の奥にある源泉公園に。地図には温泉ドームで腰湯というものが書いてあったが、腰湯とは何であろうか。足湯のように、腰から下だけ浸かる湯か。しかし、公衆浴場で下半身だけ裸になり湯に浸かるということはないだろう。しかも、それを言うなら半身浴である。
行ってみれば何のことはない、ドーム上の石の周りにベンチがついていて、これに座るとしりから背中までが暖められるというものであった。しかし、やってみると結構気持ちがいい。立ち去り際に振り返れば、ドームの一部に窓が切ってあって、中が覗けるようになっている。
湧き出す勢いなのか沸騰しているのか、ドームの中の温泉は煮えたぎって荒れ狂う。正面の窓にはやはりお湯を覗き込むKの瞳があった。
一時間以上の道のりを上ってきて、温泉一箇所ではもったいなかろうということで、最近できたらしい「いで湯館」という公共施設でも入浴。大型の施設だが、ここも源泉掛け流しである。浅い湯船の底を斜めに切った「寝湯」が気持ちい。
30キロの悪路を再び時速20キロメートルで降って、宿にたどり着く。