あれは遺言か
芸術はその土地に根付くモノで、ベートーヴェンなんかを日本に持ってきても、それは見世物だ。それより地唄舞でも見ろ。と、談志が言っていた。デモクラシーとか自由平等なんとか、とかいっても日本ではよくわからない。そのかわり、武士の情けとか、お天道様はお見通しだ、とかいったような感覚は向こうでは理解されないだろう。とも。
繰返ししつこく語ったたあと、あんまり芸術芸術って言うと腹が立つけどね。だって。あれは遺言か。
小西甚一によれば、昔から芸術というのは素人がするモノで、プロがやるのは職人仕事だったそうだ。だから、絵や短歌は芸術だけれど、蒔絵なんかは工芸品で一段低く見られていた。落語家は芸人であって、芸術家ではないだろう。
全身の状態が悪く、声もまともに出ない談志は、小話や漫談に終始していたが、次の機会にはちゃんとやるから、今回は貸しにしといてくれ、っていう態度じゃなく、できることを精いっぱいやっていた。芸術家なら、できないときにはできないですました方がいいかもしれないが、金を取って芸を見せる芸人であれば、何としてもお客を楽しませ満足させて帰さなければならない。やはり、あれは芸人の態度だった。
そして、お客はたいへんに喜んでいた。談志の姿は痛ましいが、ほとんど満足にしゃべれないのに何故かおもしろいのだ。酔っぱらって寝ている姿を見せても、お客は満足したという晩年の志ん生の域に達したか。
きのうは、午前中は借りてきた映画「モロッコ」(ゲーリー・クーパーとマレーネ・デートリッヒ)を観て、午後からのんびりと出勤した。夜は、店員AとA店長代理をうちに招いて、タンシチューを食べる。4人であけた越乃寒梅がまだ背骨のあたりに残っている感じ。